料理写真「食」というものは、人間が生きていく上では絶対に欠かすことのできないもの。食べなきゃ死んでしまう…ということもありますが、私はそれだけではないと思っています。「食べる」という行為自体が当たり前になってしまっているので、しょうがないと言えばしょうがないのですが、世の中には、朝起きたからとりあえず何か食べよう…、ランチタイムだから何か食べなきゃ…、あ、夜になったから何かごはんを…といった考え方の人が多いように思います。つまりそれは、「時間だから食べなきゃ」、「とりあえず空腹が満たされればいいや」と無意識のうちに思ってしまっているということ。人間誰しも、どうせ食べるのであればおいしいもののほうがいいに決まっているのに、面倒くさくなってしまうのか、仕事に追われて疎かになってしまうのか、食事の時間を楽しもうとしていないんですよね。もちろん、人の価値観はそれぞれ違いますから、私の考えを押しつけるわけではありません。しかし、ただ単に食べるのと、しっかりと味わって食べるのでは、その感じ方は全く違いますし、人生の楽しみを無駄にしてしまっているようなものだと思うのです。

料理写真私は、物心ついた時から食べることが大好きで、目の前に出された食べ物には興味深々でした。よって、その頃から今日に至るまで、「ながら食い」というものはしたことがありません。無意識のうちの食べてしまうほど意味のないものはないと思うからです。食べ終わったあと、当然その味も憶えていませんし…。そもそも私の実家は、食べることにはお金を惜しみませんでした。近所のフランス料理店に行ったり、三重の志摩観光ホテルまで伊勢海老料理を食べに行ったりetc…。でも誤解しないでくださいね。うちは決して「お金持ち」でもなんでもありません。考え方が、「どうでもいいものを10回食べるなら、ホントにおいしいものを1回食べたほうがいい」だったのです。つまり、普段は質素な生活をしながらお金を貯めて、ある程度貯まったらそれをすべて食に使っていたということ。他の人で言うファッション等に使うお金が、私の家では食に消えていたというわけです。でも、おかしいと思うんですよね。人は服や時計などを買う時には何万ものお金を出すのに、食べることとなると極端にお財布の紐がきつくなる。同じ食べ物でも、例えば居酒屋で5000円は払えるのに、フレンチの5000円コースは払えない。価値観の違いだからしょうがない…と言われればそれまでですが、「食べるために生きている」私にとってみれば、ちょっと悲しいことだなぁとも思います。
実は私、大学生の頃、友人の1人に、「あなたがそこまで食べることにお金を使う意味がわからない」と言われたことがあるんですね。服などを買えばちゃんと形として残るのに、食べ物は食べてしまったらそれで終わりじゃないかと。でもその友人を、その後定期的にいろいろなレストランに連れて行ったんです。するとその友人が、何年か経った後に突然、「っていうか、前にあなたが言ってたことがわかる気がしてきた」と言ってきたんです。食べ物は、もちろん食べてしまえば形としてはなくなってしまいますが、そのおいしさの記憶は、しっかりと心に焼きついたままだということを。これを言われた時、私は無性にうれしかったことを憶えています。食の素晴しさに気づいてくれたわけですからね。

料理写真ではここからは、私の食に対する考え方を少々。私は、レストランの料理はもちろんのこと、ラーメン、洋菓子、和菓子、パンetc…、食の全ジャンルを深く追求しているんですが、肩書きとしては、ジャーナリストでもライターでもありません。食事はすべてプライベートで、本を書く際も、取材は一切しません(当然すべて自費なので、お金が全然貯まりません(苦笑))。そして、自分の舌だけを頼りに、最低3か月間憶えていたものだけを文章にします。なぜなら、食べた直後にはおいしいと思っても、時間が経つと忘れてしまっているものってありますよね。そういった料理(商品)は、本当においしい食べ物とは呼べないからです。時間の経過というものをうまく使って、紹介するに値するものなのか、しないものなのかを判断しているのです。しかも、私の場合は、お店の評価と料理(商品)の評価は、必ずわけて考えます。それは、どんなに素晴らしいお店であっても、そこで供される料理すべてが100点満点ということは絶対にあり得ないから。よって人におすすめのお店を紹介する際も、単にお店の名前を挙げるだけではなく、「○○というお店の○○という料理(商品)がおすすめですよ」とピンポイントで紹介するようにしています。おすすめのお店に足を運んでもらい、なおかつ最高の満足感を得てもらいたい。それが私の信念なのです。

料理写真文章の書き方も特殊です。基本的には、口に含んでから飲み込むまでに感じたこと、つまり味の詳細が大半を占めます。世に溢れるグルメガイドは、写真で「おいしそ〜」とは思うかもしれませんが、それがどのようにおいしいのか、それが完全にはわからない。1つの料理(商品)に対して、こと細かな味のコメントを記してある本が存在しないので、私は敢えて味の詳細にこだわります。別に、そのお店の歴史やシェフの経歴等は、他の本を参考にしていただければいいのです。その代わり、味に関しては、どんな本よりも詳しく書いてあると自負しています。
本に掲載する写真も、基本的には私が食べる直前に撮ったものを使用しています。その際に心がけているのは、その料理の最も重要な部分にピントを合わせ、できるだけ食べ手の目線に近い角度(ローアングル)で撮ること。目の前の料理は、他の誰でもない食べ手に最も美しく(おいしそうに)見えるよう盛りつけられているので、真上などから撮ってしまうと良さが半減してしまうからです。また、皿の上に盛られているものすべてを写そうという気も全くありません。たとえ全体像がみえなくとも、立体感&勢いのある写真であることのほうが、私にとっては重要です。
また、私は悪いコメントは一切書きません。良いことしか書かないので、中にはそれを悪く言う人もいますが…。褒めてばかりじゃお店が伸びないなどと。しかし私にしてみれば、100%のお店なんて絶対にあり得ないんです。どんなにおいしいお店でも、すべての料理が100点満点だということはあり得ない。修正点なんてあって当たり前です。だから、気になるところを指摘するくらいなら、優れているところに触れ、その優れている部分をさらに伸ばして、修正点をカバーすればいいだけの話なのです。それに正直、レストランに行けば、「ここはこうしたほうがいいのになぁ」という部分を探すほうが簡単ですからね。悪い部分は触れもしない。自分に合わないお店だったらもう行かなきゃいいだけの話ですし、もし好きなお店でどうしても気になることがあった場合には、お店の人に直接言えばいいのです。公の場で言う必要は全くありませんよね。
そもそも食事は、楽しくあるべきものです。自分の気に入ったお店で、気の合う仲間と楽しく食事ができることが何よりの幸せだと思います。好きなお店は、人それぞれ違っていいんです。何が正しくて何が間違っているなどということはないのですから。

私が発信する情報によって、みなさんが幸せな気持ちになれますように。

来栖けい
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